真性妄想
ひとことでいえば
通常の心理的動機や生活史からは導けない、生活発展の意味連続性が断絶した形式を持つ妄想。感情移入や追体験できず、了解不能である。一次妄想ともいう。
どのような文脈で問題になるか
真性妄想(echter Wahn)は、妄想を単なる誤った判断や強い思い込みとしてではなく、体験そのものの質的変化として考えるときに問題になる。 ヤスパース以後の精神病理学では、妄想内容が理解できるかどうかだけでなく、その確信がどのような仕方で成立しているのかが問われてきた。真性妄想は、この問いの中心にある概念であり続けている。
近接概念との違い
妄想様観念(wahnhafte Idee)は、人格、感情、生活史との関連から一定程度了解可能な観念である。二次妄想(sekundärer Wahn)ともいう。真性妄想では、その成立が心理的連続性からは導きにくい点が問題になる。
シュナイダーの一級症状
どこが難しいか
実際の臨床場面では、ある患者の抱いている観念が、真性妄想なのか、妄想様観念なのかを鑑別することは容易ではない。我々が実際に観察するものは体験から加工された産物であり、この加工の過程を妄想加工と呼ぶが、これは正常な心理的な働きであるため、観念の発生の仕方はと出発点を問題にしている以上、体験の出発点を遡らなければならないが、真性妄想は現象学的に究極的であり、その発生は了解できない。ゆえにこの場合、病的過程(Prozeß)によるものであるとする。 難しいのは、真性妄想が「内容の奇妙さ」だけでは判断できない点である。重要なのは、考えの内容よりも、それがどのような体験構造のなかで突然の確信として成立するのかである。 また、真性妄想を強調しすぎると、患者の生活史や感情の文脈を見落とす危険がある。逆に、了解可能性を広げすぎると、妄想に固有の断絶性が見えにくくなる。
本記事との関連
真性妄想は、パラノイア問題や妄想の成立を考えるうえで重要である。とくに、妄想が人格発展として理解できるのか、それとも病的過程として理解されるべきなのかという問いと関わる。
参考文献
- K. ヤスパース『精神病理学原論』
- K. シュナイダー『新板臨床精神病理学』