パーソナリティの考古学(III)
前回までのあらすじ
これまで、「人格」と「パーソナリティ」という言葉のずれを手がかりに、パーソナリティ症という概念の成り立ちをたどってきた。 K. シュナイダーは、平均からの偏奇のうち、本人または社会に苦悩をもたらすものを「精神病質パーソナリティ」と呼んだが、そこには社会的な価値判断をどのように避けるか、またパーソナリティを持続的でありながら可変的なものとしてどう捉えるか、という問題が残されていたと思う。 そこで前回は、架空事例Aを手がかりに、従来の類型診断の限界と、ICD-11およびDSM-5 第3部に収載された、パーソナリティ症の代替モデルであるAMPDを確認した。現代の診断体系は、人物が「何型か」よりも、パーソナリティ機能、すなわち自己機能と対人関係機能がどの程度損なわれ、生活にどれほど広範で持続的な支障を生じているかを重視する。また、持続性は不変性を意味せず、パーソナリティ症の閾値に達しない「パーソナリティ困難」という概念も設けられている。今回は、前回保留した「パーソナリティ特性」を取り上げたい。
パーソナリティ特性とは
ICD-11におけるパーソナリティ特性領域
パーソナリティ症を診断する際、あるいはパーソナリティ困難を記述する場合、ICD-11において以下の5つの特性領域が用いられる。
- 否定的感情 (Negative Affectivity)
- 離隔 (Detachment)
- 非社会性 (Dissociality)
- 脱抑制 (Disinhibition)
- 制縛性 (Anankastia)
ICD-11では、まず自己機能と対人関係機能の障害をもとに、パーソナリティ症の重症度を松竹梅のごとく軽度、中等度、重度に分ける。そのうえで、その人物に目立つ特性領域を付記する。例えば「パーソナリティ症、中等度、否定的感情性、非社会性、制縛性を伴う」といった具合である。ただ、「Pランチセット、竹、飲み物は烏龍茶で。そして食後にデザート、コーヒーをつけて」と考えてみたらどうだろうか。
長ったらしく感じられる一方で、一人の人物に併存する複数の傾向を、特定の類型に押し込めることなく記述できる点では優れていよう。「自己愛っぽいところもありつつ猜疑的なパーソナリティでどこか強迫的でもある」といったそれぞれのクラスターの要素を部分的に満たすものの、いずれの診断基準を満足しないような、痒いところに手が届かないケースにようやく対応可能になった。なお、特筆すべきは「ボーダーラインパターン(borderline pattern)」という特定用語が別に設けられていることだ。類型論から抜け出せていないではないかという指摘に対してはこれからも議論が絶えないと思うが、これには臨床的な有用性を想定したのだろう。
トッピングについて
筆者の周囲の臨床家で「この人は統合失調症なんだけど表現型としてボーダーライン的なところがあってね……」という言い方をするものがいる。私見だが「理想化と脱価値化を特徴とする不安定かつ激しい対人関係」をはじめとする、従来「境界性パーソナリティ」としてまとめられてきた病理を念頭に置き、特定子(specifier)的な使い方をしているように思う。もちろん、これは統合失調症にICD-11の「ボーダーラインパターン」を正式に付記するという意味ではない!しかし、主診断だけでは汲み尽くせない特徴的な対人関係の様式を、類型とは別に記述しようとする発想は似ていよう。これは一部の臨床家の癖ではあるものの、新しい診断体系の発想と似ている。実務家の実用にようやく診断基準が追いついてきた、という印象を私は少しだけ持っている。これも料理に例えるならば、「この料理は一応オムライスなんだけど、妙に辛くてね……」という謎の辛いトッピングといったところだろうか。
AMPDにおけるパーソナリティ特性領域
AMPDでも、病理的なパーソナリティ特性は5つの大きな領域に整理されている。さらに、「情動不安定性」、「不安」、「衝動性」など、より具体的な25の下位特性が設けられている。5つの特性領域は以下の通りである。要するに、四川料理には麻婆豆腐や回鍋肉、棒々鶏や青椒肉絲があるということだ。うーん。
- 否定的感情(Negative Affectivity)
- 離隔(Detachment)
- 対立(Antagonism)
- 脱抑制(Disinhibition)
- 精神病性(Psychoticism)
ICD-11と似てるけれど少し違うではないか、という疑問はもっともだ。しかし、両者がまったく異なるパーソナリティ像を想定しているわけではない。否定的感情性、離隔、脱抑制は共通しており、ICD-11の非社会性はAMPDの対立とおおむね対応する。したがって、両者のもっとも大きな違いは、ICD-11が「制縛性」を採用する一方、AMPDが「精神病性」を採用している点にある。この違いは、両者がまったく異なる理論から作られたためではなく、どの病理をパーソナリティ症の内部に置くかという、診断体系上の選択の違いによる。AMPDは統合失調型パーソナリティ症を6つの類型の一つとして残している。従来のクラスターAであげられた「風変わりさ」、「奇異な信念や体験」、「知覚の調節異常」などを記述する「精神病性」を独立した特性領域として必要とした。これに対し、ICD-11では統合失調型症は統合失調症スペクトラムに位置づけられており、パーソナリティ症の特性領域には精神病性を設けていない。その一方で、完全主義、固執、融通の利かなさ、感情や行動の過剰な統制を記述するため、「制縛性」を独立した領域として採用した。
もっとも、AMPDに強迫的な病理が存在しないわけではない。「厳格な完全主義」や「固執」といった下位特性として記述され、強迫性パーソナリティ症の診断にも用いられる。したがって、一方にあって他方にないというより、どの水準で独立した領域として切り出すかが異なっている。なんとかわかりやすく説明しようとしても面白みに欠けるものになってしまうのが口惜しい。
さて、AMPDでは反社会性、回避性、自己愛性、強迫性、統合失調型に加え、境界性パーソナリティ症という6つの固有パーソナリティ症類型を保持している。AMPDは純粋な次元モデルではなく、次元と類型のハイブリッドモデルである。例えば、境界性パーソナリティ症の診断をする場合、A基準として前述した、同一性、自己方向づけ、共感、親密性の4領域のうち、少なくとも2つの領域に中等度以上のパーソナリティ機能障害があることが求められる。次にB基準として、25の下位特性から選ばれた以下の7つのうち、4つ以上を認める必要がある。ややこしい。
- 情動不安定性
- 不安
- 分離不安
- 抑うつ性
- 衝動性
- リスクテイキング
- 敵意
ただし、好きな4つを選べばよいわけではない。「衝動性」、「リスクテイキング」、「敵意」のうち、少なくとも一つを含めなければならない。さらに、広汎性や持続性、発達段階や社会文化的環境では説明できないこと、物質や他の医学的状態によるものではないことなど、パーソナリティ症に共通する一般基準も満たす必要がある。要するに除外診断のことだ。次元モデルと聞いて首を傾げたところで、注文票の裏面に細かな注意書きが続いている。
注文の多い料理店
別のたとえをしてみよう。DSMという注文の多い料理店があるとする。
「境界性セット」を注文するには、まず「同一性」「自己方向づけ」「共感」「親密性」という4つの基本項目から、少なくとも2つを「中等度以上」で指定しなければならない。そのうえで、情動不安定性、不安、分離不安、抑うつ性、衝動性、リスクテイキング、敵意という7品の小皿料理から、4品以上を選ぶ。
ただし、どの4品でもよいわけではない。衝動性、リスクテイキング、敵意の3品は特別枠になっており、このうち少なくとも1品を注文に含める必要がある。
B子「すみません、境界性セットを一つお願いします」
店員「では、7つの中から4つお選びください」
B子「えっ、じゃあ『不安』と、『分離不安』と、『抑うつ性』と『情動不安定性』で……(『不安』と『分離不安』って別なのね)」
店員「申し訳ありませんが、『衝動性』か『リスクテイキング』、『敵意』のうちどれか一つ必ず選んでいただくことになっています」
B子「あら……じゃあ『不安』はなしで、『衝動性』にしてください」
C太「僕は統合失調型セットにしようかな」
店員「では、6つのなかから4つお選びください」
C太「うーん、必ず選ばないといけないものはないんですか」
店員「統合失調型でしたらございません。『認知および知覚の調節異常』、『通常とは異なる信念と体験』、『奇異性』、『感情表出の制限』、『引きこもり』、『猜疑性』のなかから4つお選びください」
B子「えー、私も同じのにすればよかった、選び放題だと思ったのに」
C太「25品選べるわけじゃないんだね」
B子「お会計する方も大変そうね」
店員「そうなんですよ」
そう、これで会計に進めるわけではない。さらに、広汎性、持続性、発達段階や社会文化的背景との不釣り合い、物質や他の医学的状態によるものではないこと(除外診断)など、店の一般利用条件も確認される。注文した料理はそろっているのに、まだ注意事項が残っている。
つまりAMPDは、25品から好きなものを自由に選べるビュッフェではない。6つの固有のパーソナリティ症にはそれぞれ異なるセットメニューがあり、必要な品数だけでなく、組み合わせまで指定されている。次元モデルという看板を見て自由注文の店に入ったつもりが、メニューを開くと細かなセット条件がびっしり書かれている。服を脱ぐ必要はないが注文の多い料理店なのである。
AMPDの診断はかなり操作的に定められているが、私個人としてはICD-11の基準の方が比較的シンプルでわかりやすいと思うし、日本では2027年からICD-11の統計上の本格適用が予定されているため、実務上はまずICD-11を優先して覚えることになるだろう。とはいえ、やはりどちらもICD-10やDSM−5の既存の診断基準に比べ変更点が多く、全体を把握するのにはどちらも骨が折れるし、結局両方理解することになるのは職業人の宿命だ。ランチセットもビュッフェもどちらも食べることになる。
では、新たな診断基準をもとに私たちはパーソナリティをより深く理解できるのだろうか。次回は「共感」を手がかりに、温故知新を締めくくる。