はじめに運ありき

In the beginning was the Luck, and the Luck was with God, and the Luck was God.

去年の10月に雑感という記事を書いた。 労働衛生コンサルタント試験で不合格だった、という報告であり、それ以上でもそれ以下でもない。

この試験の合格率は総じて20%くらいと言われている。私は免除された科目があり、他の受験生に比べて有利であったのに残念な結果であった。 やはり難しい試験であることを痛感した。同業者から得た知識と試験情報をもとに4か月ほどの下準備をして臨んだのだが、あと二問足りなかった。 言い訳をすると、臨床の片手間に勉強時間を確保することはなかなか難しかった。ファミレスや喫茶店で家族と勉強していた時期が懐かしい。 過去問や参考書に目をやりつつ、ふと目を上げるとお互いに目が合って、笑みがこぼれる瞬間を思い出す。あの時は各々の目標に向かって一生懸命だった。勉強したことは決して無駄ではなかった。 それなりに産業医活動に役立ったし、なんとなく法律に通じているような雰囲気を出すと、薄い半透膜から威厳のようなものを滲み出せて周囲にも説得力が増したのである。

それでも不合格は不合格である。さて、次をどうするか。不合格を知ってからすぐに私は次のことを考えていた。実利があって受験資格があるものはできるだけ取っておくのが私のスタンスである。 実利があって、というのが肝要である。ただ、実利があるということはそれなりに難しいのが相場である。 私がこの試験で得た教訓は、労働衛生の基本知識が不足していた、ということよりもむしろ「筆記試験をすべて免除にできるならそれを選ぶべき」というものであった。 もちろん筆記試験に向けて効率よく勉強して一回で合格する人もいる。そういう人は大変優秀なのだろうし、祝福してあげたい。決して多くはないはずだとわかっているのに、合格体験記だとか試験テクニックを調べると、彼らが現れてきて「私はこうやって合格しました!みんなもできる!頑張れ!」と言ってくる。自分が惨めな気持ちになる。

この試験の受験生はとにかく医師が多い。それはやはり実利があるからだろう。そして後述するが医師にとって取得しやすい。一応医師というのは、高校から大学受験、学生になっても、医師になってもありとあらゆる試験を受けまくってきた連中である。それでも落ちるような試験である。それを何度も受け直すのは避けたい。司法試験のような受験回数の制限はなくても、最小限で仕留めるべきである。仕留め損なったのであればなおさらだ。ただし正攻法は難しい。そこで実は小径がある。界隈ではよく知られた話なので新奇性はないことを断っておく。

審判を経て

毎年、7月の三連休に日本医師会が主催する産業医学講習会というものが行われる。要するに日本医師会認定産業医(以下:日医産業医)の更新の単位を取得するためのよくある講習会である。これを受けることで日医産業医の更新単位が集まるので、受講者は休日を返上して喜び勇んで医師会館に集結してくる。しかしそれ以上の旨味を求めて応募が殺到するため、受講者は「厳正な」審査により抽選で決定される仕組みになっている。旨味というのは受講すれば労働衛生コンサルタントの筆記試験のうち、保健衛生区分の筆記試験が免除になる、というものだ。試験をお金と時間で解決する、いわゆる大人の手法である。どこぞの講習会のように3年間有効というものではない。永年免除される。わけがわからないが、世の中、わけがわからない方がいいことも時々ある。細かく訊いてはならない。私は自分の能力と身の程をそれなりに弁えているつもりなので、できる方法があれば何でもする主義である。 私は5月11日の受講申し込み開始からヤモリのように画面に張り付いていたので、すばやく申し込んだ。別に早い者勝ちではないので、早さは関係ないが熱量は大事だ。それからして6月になり、メールで抽選結果が届いた。「厳正な」審査の結果、私は当選した。これを僥倖というのだろう。何度申し込んでも受けられない人々がいると聞くので、私は大変幸運である。とりあえず、三日間参加して修了証を貰えれば、労働衛生コンサルタント(保健衛生)の筆記試験を受ける必要がなくなることが確定する。もはや便房の数を覚えることで苦悩しなくて良い。

そもそも筆記試験は保健衛生においては三科目ある。健康管理、関係法令、衛生一般がある。労働・衛生に関する特定の資格を持っていれば、免除が適用される仕組みである。私の場合は健康管理と衛生一般が免除になる仕組みで、昨年私は免除を利用して関係法令のみで臨んだ。合格基準は60%以上なので15問中9問取れれば良い。しかし、これがなかなか難しいのである。よく聞かれる分野は確かにあるのだが、キリがない。なので、あえて免除を利用せず、医師なら得点しやすい健康管理などを受験し、得点率を上げる作戦を取る者もいる。勉強する内容は増えるがこれはこれで賢い作戦である。 しかしながらすべて免除なのであれば、このような、得点率がどうのこうの、ということを考えずに済む。口述試験で15分粘るために集中すれば良い。 筆記試験に受かったとしても口述試験で不合格であれば翌年筆記試験からやり直しになる。これはもったいない。やはり運が絡むが講習会の参加資格を得られるならば、免除を狙うべきであろう。

となりのトホホ

My Neighbor Blasphemous

さて、お待ちかねの第57回産業医学講習会がやってきた。交通機関を乗り継いで駒込にある日本医師会館に到着すると、指定された座席を探して荷物を置く。周りを見渡すと、思ったよりも参加者の年齢層が高い印象をもった。定刻になると講習は淡々と進む。一コマあたり60分から90分くらいで、各講義の間の休憩は10分である。この手の講義はだいたいこのようなものだ。 最初は両脇ともに欠席しているので、随分ゆとりある良い席を引き当てたなぁと嬉しく思っていると、次のコマから遅れて両脇に受講者がやってきた。特に片方は衝撃であった。洗濯物が生乾きしたであろう、不快な匂いがエアコンの風に乗り、何度も何度もあくびをして、椅子の上であぐらをかいては靴下を脱ぎ始めた。しかもスマートフォンを取り出して、何をするのかと思えば、テレビ広告に出てくるようなゲームを始めた!ずっと指で画面をグリグリ動かしている。あまりにも度し難い。私よりもかなり年上の人物に見える。小説に出てきそうな赤ら顔で、常にどこかを掻いている。この季節にしては乾燥した肌艶である。おそらく本当に痒いのだろう。私ももはや講義どころではない。いや、講義は聞いているが相手が悪すぎる。あまりにも落ち着きがないのだ。労働衛生コンサルタントの筆記試験免除を目的にしたわけではないことはすでに明らかであるが、一体全体何しに来たのだ?どうしてこの人は産業医をやっているのだろうか、どんな事業所なのか、事業所の衛生委員会で落ち着いていられるのかという疑問が生まれる。他にも疑問は尽きない。それなりに仕事をしてきて、凄まじい医師を何人も観測してきたが、この人物もなかなかの逸材である。おそらく産業医をやってないのではないかとも思う。ただ、単位を取りに来たという気がする。日本医師会風に言えば「行動していない産業医」という感じか(医師会は「行動する産業医」という言葉を最近使い始めている)。時折、通知音がピコーンと鳴り、会場の空気に緊張感を与える。当人は眼前の短期報酬に釘付けで意に介さない。

私の心の中の風紀委員会がざわざわし始める。「この不届き者を次の休憩時間に告発して、直ちに退場せしむるべし」という強硬論が出現する。「いや、告発するとしても、この人物が受講中にゲームをしていたという証拠を示すことができないではないか。だとすれば私の方がただの好訴者に見えてしまうおそれもある」という慎重論も聞かれる。「余計な波風を立てず面倒を起こさない方が良いのではないか」という意見もある。「では、どのような処遇を此奴にするかは運営の判断にせよ、自身の聴講に差し支えており、困っていると言えばよいではないか」という反論もある。 次に「黄色かよ」と隣から声がする。どうやら液晶の向こうのゲームに向かって話をしているらしい。こちらは黄色ではなく、真っ青である。謎の三色が揃ってしまった。この様子を抽選に落ちて悔しい思いをしている未来の受験生が見たらあまりに冒涜的で憤死してしまうのではないか。私はSNSで抽選に何度も落ちてしまい嘆息している受験生を観測していた。「厳正な審査」が虚しく聞こえてしまう結果になった。一方、私の脳内の審議会では告発することは保留した。なぜなら翌日来ないかもしれないし、途中で帰るかもしれないと思ったからである。初日の隣席は、最後まで第3管理区分であった。

来た、見た、帰った

梅雨明け宣言がなされた三連休の中日も強烈な熱気が都内に漂い、まるでオーブンの中のようである。なんとか日陰を渡り歩いて医師会館までたどり着く。どうか会場に来ませんように、と万感の思いを込めて着席するのだが、隣の席を見ると、なんと縞々でクシャクシャな靴下が座席の隙間に挟まっていた!靴下も気の毒である。遺憾であろう。まさか、自分の主に医師会館の座席に置き去られるとは思わないだろう。本当にそんなことがあるのか、と目を疑いたくなる。あの容姿にあの靴下、知りたくもない人の人物像が一つひとつ積み上げられていく。私が積み上げたいのは産業保健の知識なのに。残念であるが、件の人物はしっかり姿を現した。そして、ゲームを始める。

講義の前に、座長から次のような言葉が発せられる。

「えー、受講中に講義とは無関係のことをしている受講生が散見されます。関係のないものは鞄にしまっていただきますようお願いします。パソコンを使う方も、メモを取るのは結構ですけれど、えー、キーボードのカタカタする音がうるさいという意見もあります。十分に配慮していただくようお願いします」

こんな注意喚起を聞くのは中学校以来かもしれない。随分と稚拙なものだ。すると、隣人はゲームをやめて、講義資料を読み始めた。意外にも言う事を聞くのかと思ったが、10分ともたなかった。ゲーム再開である。隣人は2日目も最後まで初志を貫徹して帰った。ゲームしてるやつなんて放っておけと思うかもしれないし、私も可能な限りそうしたが、よく思い返してほしい。触覚と味覚以外のすべての感覚を刺激してくるのである。私はもはや憤りを通り越して、別のことを考え始めていた。明くる日、隣人と靴下はもう来なかった。

自問自答の末に

これからも高額な受講料を払い、休日を返上して、この不愉快な隣人と長時間ともに過ごす蓋然性があるならば、やはり速やかに試験を突破してしまうことが有意義であろう。このような些事で苦悩してはならない。講義そのものを真っ向から批判するつもりがないが、多くの聴講者を相手するだけあって総論が多いのと、無難な内容に終始しがちである。演者が教授や名誉教授となるとある程度言いたいことも言えるのだろうが、とかく理念や産業医学の父と崇められるB. ラマツィーニ(1633−1714)を引きがちである。化学物質の自律的管理という近年の法改正に伴う概念理解の講義は興味深く聴講したし、リスクアセスメント対象物一覧を網羅的に調べられるサイトを知ったのは実践的であった。新しい産業が生まれるとそれに伴って、新しい化学物質が使用される。そして化学物質による労働災害が生じる。例えば有機EL(Organic Electro-luminescence)に使用されるインジウムは、酸化インジウムスズ等の粉じんを吸入することで、間質性変化や気腫性変化を伴う肺障害、いわゆるインジウム肺を生じさせることが知られている。 労働安全衛生法の省令には労働安全衛生規則(安衛則)、特定化学物質障害予防規則(特化則)、有機溶剤中毒予防規則(有機則)などがある。従来、個々の化学物質について、これらの法令により具体的な措置が定められてきた。しかし、新たな化学物質が次々と使われるようになるなか、物質ごとの法整備だけでは対応が追いつかない。そこで厚生労働省は化学物質管理の制度を見直し、事業者が自ら危険性・有害性を評価し、その結果に基づいてばく露防止措置を講じる方向へと転換した。 これ以上のことをこの記事で扱うことはしないが、極力自分の関心と必要性に応じて取捨選択可能な勉強の仕方が肝要であると再認識した。 このようなことを考えるようになったのは、もしかして隣人のおかげなのか?と脳裏をよぎるが、不快な時間を体験したことは事実であり、この人物を肯定的に評価することはできない。

煉獄を出て

全ての講義が終了した。終了した瞬間に受講者が痺れを切らして帰る支度をし始め、弾丸のように飛び出すものもいる。おそらく切迫した生理現象か、帰路に向けて間に合うように行動しているのだろう。それはともかく、これで修了証が到着するのを確認すれば、私は未来永劫、法令問題15問に苦悩呻吟することは回避できるし、平日に行われる試験のために有給休暇の調整をせずに済む。私は靴下を欠かさず履いていたので、置き忘れる心配もない。玄関には塾帰りのこどもを拾うかのように、多くの高級車が路上駐車をしていた。隣は警察署だというのに、不遜である。

多くの医師は翌日から仕事のはずだが、私は貴重な休暇を享受できる。何をしてどう過ごすかは私の特権であり、有意義に過ごそうと思うが、この酷暑は耐え難い。どこか出かけるにしても日焼け止めと日傘とサングラスなしでは、カリカリのベーコンになってしまう。 不合格を経て、さらに「厳正な」審判を経て、この異常な熱気のなかをたどり着き、愛せない隣人と数日を過ごす。これらは試練だったのだろうか。これを煉獄というのだろうか。 何某かが浄化されたのだろうか。ただ、方向性は些か明瞭になったといえよう。

それでも何をして過ごそうかと考えられることはとても幸せなことだ。これもまた一つの僥倖なのだろう。