うつせみ
別離
つい先日、現在の職場の最終勤務を終えた。率直な気持ちを告白すると、これで良かったのだという安堵が大きい。心底ほっとした、という気持ちである。 業務上の負担が日々増え続けていて、私個人では担いきれない組織的な脆弱性をとある時点で確信したのが、退職の決定打であった。 もちろん、私自身が無能という可能性は常に残されていて、かえって足を引っ張っていたのかもしれない。それでも、例え話をすると病院という船にはいくつもの穴が空いていて、徐々に海水が入り込んでいた。誰か一人の責任というよりも、長い時間をかけて補修されないまま残ってきた穴である。船を動かす者たちは、それぞれに疲れていた。前線に立ち続けるにはあまりにも長い年月があり、後方に退く者もいれば、なおも甲板に残る者もいた。私は彼らを見ながら、自分のあるべき姿を考えていた。だが、もう過去の出来事になった。
「愛せなければ、通り過ぎよ」という哲人の言葉がある。この言葉は家族が教えてくれたので、私にとっては哲学者の言葉というよりも、家族の箴言という印象が強い。 もともと愛してはいなかったが、通り過ぎることにした。より愛せなくなったからともいえる。恩義はある。好き放題やらせてもらったとも思う。 組織の脆さを認めた一方で個人間では良い絆を得た。何度か食事をする機会もあった。便宜を図ってもらうこともあった。私は打算的であるつもりはないが、人間関係をそれなりに円滑にすることは仕事の流れをも滑らかにするのだという経験則に基づいて仕事をしてきた。基本的に友情を意識することはなくて、古風に言えば同志、ビジネスパートナーという感覚でいた。 この人間関係の形成法には、私の好きなあるゲーム作品からの影響もあったのかもしれない。そこでは主人公が、さまざまな背景を持つ人々と出会い、その時々の目的に応じて一時的な協力関係を結んでいく。その場限りでありながら、互いに少しだけ人生を進める。後腐れのなさと、必要なときだけ交差する潔さが、私には心地よかった。無論、フィクションである。私にその主人公のような魔性の魅力が備わっているわけでもない。湿度のある関係は得意ではない。
感傷
ただ、思いがけず私は最終日に大勢から送別の言葉と手紙をもらった。相当複雑な心情ではあったが、個々人からの想いは嬉しかった。花束をもらうのはいつぶりだろうか。患者さん本人やご家族からもお気持ちを頂いた。光栄の極みである。私が少しでも役に立ったのなら本当にありがたいと思う。患者さんに退職を告げる日をいつにすべきかは悩んだ。外来なら最終診察日あるいはその前の診察時に説明したのだが、批判的な言葉をいただかなかったのは奇跡なのだと思う。「先生の人生ですものね」という言葉を頂いたときの気持ちはどうしても綴れない。 職場には、私がそこで働いていたという輪郭だけが、しばらく残るのだろう。
花瓶が久しぶりに役に立った。帰宅してすぐに移し替えたのに、もういくつかが頭を垂れてしまっていた。 さらに日が過ぎて、花が萎れていくのを見ると、至極当然の結果なのに見ていていい気がしない。水を差し替えようと花瓶をわずかに動かしただけで花弁が散って、勝手に時間が動き出す。 手紙の方はどうしても開けない。もらった人ならわかる感覚なのだろうか。他の人は気軽に開けるのだろうか。 仕事だけの関係だと思っていたものが、相手にとってはそれだけではなかったのかもしれない。それに気づいてしまったことに当惑している。しばらく時間が経ってから開けようと思う。
これから
これまでできなかったことを少しやってみようと思っている。軽い運動をしてみたり、少しだけ凝った料理を作ってもいいのかもしれない。仕事をしているとどうしてもできないことがある。今できることを考えてみて、ゆっくりすることに専念したい。有意義に一日を過ごす、ということは敢えてせず、何もしないことを心がけよう。気持ちが揺れることなく、平穏に過ごそうと思うのに結局、過去のことや先のことを思い浮かべてしまう。そう考えていたら、こんな句を見つけた。
うつせみの常なき見れば世の中に心付けずて思ふ日そ多き
「この世は、どれも永遠ではなく儚いものだと見知ってはいるものの、そんな無常な世俗に心を奪われまいとしながらも、やはり様々に思い悩んで嘆息してしまう日が多いことだ」
『万葉集』、大伴家持
「うつせみ」の常なさなど、とうにわかっているつもりでいた。それなりに生きてきたはずだった。職場も、人間関係も、花束も、いつまでも同じ形では残らない。わかっているからこそ、愛せないものを、無理に愛そうとはせずに通り過ぎたいと思う。けれど、花が萎れていくのを見れば気持ちは揺れるし、未開封の手紙を見れば、やはり穏やかではいられない。
しばらくは、それで良いのだと思う。何もしないことを心がけると言いながら、きっと何かを思い出す。通り過ぎたはずの場所を、何度か振り返る。そうしているうちに、花は散り、手紙はいつか開かれ、私の輪郭も少しずつ別の場所へ移っていくのだろう。