体験反応を巡って (III)
体験反応を巡って<III>
前回までのまとめ
精神障害には、先達の言葉を借りれば「疾患的なもの」と「疾患的でないもの」の二つの領野があると述べた。 前者は脳の器質や未知の内因に基づく、いわば身体的基盤を要請される病理であり、後者は日々の暮らしや環境への心理的な反応、すなわち「体験反応」によるものだ。 この二者を分かつ鍵は、ヤスパースらが重視した**「了解可能性」にある。失恋して悲しむように、ある精神状態から別の精神状態が生じることがよくよく事情を知って「腑に落ちる」のであれば、それは了解可能であり、本来は心因性の反応に分類される。 一方で、従来の「うつ病」は、理由もなく気分が沈む、あるいは生活の文脈から切り離された「了解不能」な内因性疾患であることをその本質としてきた。 しかし、現代の臨床現場や国家試験の設例を眺めてみると、この境界は混在していることがわかる。過労や異動といった明らかな「理由」がある、つまり了解可能な体験反応性の不調であっても、等しく「うつ病」として診断され、治療の対象となっているのが実情だ。医療機関の広報も、受診の動機付けのために「ストレスが原因のうつ病」という心因性の物語を多用していると指摘した。 なぜ、このような混入が生じたのか。その大きな転換点は、1980年のDSM-IIIの登場であった。それ以前のDSM-Iなどでは、喪失による「抑うつ反応」と「精神病性」の不調は明確に区別されていたが、操作的診断の普及により、発症の理由(心因か内因か)を問わず、症状の組み合わせさえ満たせば「うつ病」と呼べるようになった。僭越ながら改めて「体験反応」という視座から、目の前の現象を考えてみたいと思う。
DSM-IIまでのマニュアルとは、精神分析学に比重を置いた臨床症状の説明であった。というか、このような物言いは明らかに礼を失しているが、ただの説明でしかない。
この反応における不安は、抑うつおよび自己卑下によって和らげられ、したがって部分的に軽減される。 この反応は、現在進行中の状況によって惹起されるものであり、しばしば患者が被った何らかの喪失によって引き起こされる。また、過去の失敗や行為に対する罪責感を伴うことが多い。 このような症例における反応の程度は、患者が喪失(愛情対象や所有物)に対して抱いている両価的感情の強さ、ならびにその喪失をめぐる現実的状況の双方に依存している。 Depressive reaction The anxiety in this reaction is allayed, and hence partially relieved, by depression and self-depreciation. The reaction is precipitated by a current situation, frequently by some loss sustained by the patient, and is often associated with a feeling of guilt for past failures or deeds. The degree of reaction in such cases is dependent upon the intensity of the patient’s ambivalent feeling toward his loss (love, possession) as well as upon the realistic circumstances of the loss.
改めてDSM-Iの一部を示すが、DSM-IIも大概似たようなものだ。しかも、フロイトに端を発する精神分析学の要素が多く、曖昧さが残る。様々な研究の途上であったからやむを得ないところはある。しかし、「しばしば(frequently)」とは?「伴うことが多い(often associated with)」というが、伴わなくていいのか?そもそも反応性の抑うつはそれも「喪失」によるのか?死別による悲嘆は「喪失」といって良いかもしれないが、職場のストレスならば何の喪失を指すのだろうか? こういった(意地悪な)質問が飛びかねないし、相当批判が寄せられただろう。実際のところ、診断する実務家には使いづらいと思う。少なくとも現代では全くなじまないし、公文書や診断書を作成するには耐えられない。 1960年から1970年代は反精神医学という言葉が聞かれるようになり、ローゼンハン実験[注]による批判も起きた。US-UK Diagnostic Projectからも米国の精神科医は統合失調症を過剰診断しているという批判が生じた。精神医学に対する逆風といえよう。精神障害と診断することによるスティグマの弊害と、診断基準の曖昧さと実証性が厳しく問われた。精神分析学はこの時風に対抗し得なかったのかもしれない。
[注]心理学者であるローゼンハンら8名が幻聴を訴える患者に扮して全米各地の精神科病院を受診したところ、全員が入院となり、退院時には統合失調症と診断されたというもの。これを根拠に、精神科医には正常と異常を鑑別できず、精神科医は無価値であるという評価がなされた。
診断の妥当さ、精神医学そのものの立場が訝しまれた1960年から1970年代の時代背景に、一つの動きが生まれた。ワシントン大学のセントルイス校に精神医学教室がかつてあったが、この教室から発生した一つの学派を「セントルイス学派」という。当時の精神医学の多くが精神分析学に傾倒していた中で、セントルイス学派は記述学派という少数勢力であった。その点で彼らは「新クレペリン派」とも呼ばれているが、彼らは「精神障害は内科的障害のサブグループである」という主張を明確にしていたようだ。 この考えは当時はなかなか珍しいもので、彼らは精神障害の症状の原因は、「エビデンスあるいは再現性のあるデータが実証するもの」という実証主義的立場を取っていた。
1970年にセントルイス学派のロビンスとギューズらが”Establishment of diagnostic validity in psychiatric illness: Its application to schizophrenia”において精神医学的診断の妥当性と信頼性を確立するために五つの局面(phase)を提唱した。また、1972年にフェイナーらはこれら局面を検証可能な、精神障害と診断基準の概要を発表した。いわゆるフェイナー基準というものだ。いずれも精神分析学的志向を排除して生物学的志向を強める内容であった。 また、スピッツァーという人物はDSM-IIIを作成するための会合を招集し、分析学と生物学の二つの学派の対立を回避し、米国の精神医学会の信頼回復を優先させるべく活躍したとされる。「精神障害はみな心因性に通ずる」という分析学派の思想に対して、DSM-IIIは「この問いにはあえて答えません」という精神病理の無理論と中立論を前提に設計するものであったが、意見の対立を超えて新しい診断基準の作成にこぎつけた点でスピッツァーの手腕は評価されるべきだろう。
こうしてセントルイス学派の主張とフェイナー基準、それに基づく研究診断基準(Research Diagnostic Criteria)を包摂・継承したものが1980年のDSM-IIIである。これは今日のDSMの原点である。
早速、DSM-IIIにおけるうつ病を見てみよう。 著作権の問題により全文を抜粋することができないが、概要は以下の通りである。内容をつぶさに見る必要はやはりない。
DSM-III(1980)では、大うつ病エピソード(Major Depressive Episode)は A. 2週間以上持続する抑うつ気分または興味・喜びの喪失を必須とし、5つ以上の症状項目の組み合わせ、 B. 臨床的に意味のある苦痛または障害を引き起こしていること、 C. 物質・身体疾患の除外、 D. 悲嘆反応のみでは説明できないこと を満たす場合に診断される。
AからDの項目があり、その中に1〜9の下位項目が創設され、必須項目と任意項目のうち複数の該当によって診断可能という明瞭さが生まれた。私が見慣れていたDSM-Vの内容そのものにかなり近い。 率直な感想を言えば、「大うつ病」とは何だろうか、という疑問が生じる。「大」とはなんぞや。 しかし、ここでは勇気を出して触れないでおこう。なぜなら「うつ」という言葉の語義に関わる重要な問題を秘めているからである。 この話題は別の機会で話をしたいと思う。なぜ2週間なのか、13日ならだめなのか。なぜ5つ揃えば診断できるのか。4つや6つではだめなのかという疑問についてもいつか触れたい。
この診断基準の成立により主要な精神障害の診断には一定の妥当性と信頼性を備えた共通言語が生まれたことは確かであり、医師によるばらつきの頻度を減らすことに寄与したことは意義深い。 しかしながら、どことなくすっきりしない感覚が残る。一番初めの記事で立てた命題である、「なぜ理由の有無を問わず、基準を満たせばうつ病と診断できるようになったのか」に対する端的な答えは、「理由の有無を棚上げすることで、診断の安定性を手に入れることができた」から、ということになろう。 その背景には時代の強い要請があった。そして20世紀のうちに精神疾患の生物学的基盤を知ることはできなかった。精神医学が生存するための必然的帰結であったのだろうと思われる。 理由の有無に対して沈黙することで、得たものは確かに大きい。体験反応そのものが否定されたわけではなく、ただ診断の座標軸から静かに姿を消したに過ぎないのかもしれない。姿を消しただけで、まだ臨床には息づいている実感が私にはある。おそらくすっきりしない違和感はそれだろう。私は体験反応性の有無を非常に大切にしている。なぜなら体験反応性の有無を評価することは、その人の体験を了解しようとする試みであり、それは精神療法にほかならないと確信しているからだ。その人を理解しようとする営為に、私たち精神医学に関わる人々の治癒機能が宿っている。 それに、少なくともこのような話題が私以外の臨床の大家によって繰り返し論じられていること、その価値がいまだ問われ続けていることはやはり、時代の風雪に耐えうる揺るぎない価値があると思う。 今世紀に精神障害の身体的基盤のいくつかがより明らかになるだろう。もしかすると、かつての医学の常識が覆されるかもしれない。それでも私はその行く末をとても楽しみにしているし、あらゆる学問が結集して、より良い診療や支援につながることを心から祈念している。私にできることはほんの僅かだが、自らの力の及ぶ限り思慮深く診療技術の研鑽に努めたいと思う。