精神障害には「疾患的なもの」と「疾患的でないもの」に分けられる。
というのは精神医学の先達の言葉を借りたに過ぎないが、これは至言だと思う。 うつ病も「疾患的か」「疾患的でないか」という判断基準が非常に重要だと考えていて、
私の日々の臨床実践の中でこの二者のどちらなのかということを大切にしている。
 この考え方がどれだけ支持されているのかはわからないが、少数派になりつつある印象はある。 「疾患的」というのは、これも先達の言葉を拝借するが、なんらかの身体的基盤が存在しているか、あるいは要請されるものである。
すなわちこれは外因性と内因性の説明であり、前者は脳血管障害や悪性腫瘍、脳炎があげられ、後者は現代医学では原因不明の病理である。
血液検査や画像検査を尽くしても原因が掴めないが、確かに精神障害が生じており、なんらかの身体的基盤が「あってもらわないと困る/あって然るべきでは?」といった含意があると私はとらえている。 精神医学の歴史も100年少しなので、古典的というには若すぎるが、従来、うつ病というのは「内因性疾患」、すなわち「疾患的なもの」を指すことが精神医学における総意であった。 DSM-III(1980年)以前の話なので、その時点で現役の医師となると、多くが老年期に達していることになる。徐々に死に絶えるのだろう。

もっと詳しくいうと、「うつ病」というのは何も理由がないのに気分が変動することが重要な特徴であった。私が学生のときはそのように学んだ。
うつ病というのは「なんだかよくわからないがずーっと気分が晴れ晴れしない」といった愁訴が典型である。
つまり、発症にはさしたる理由がないということ、もっと厳密にいうと、「生活発展の意味連続性が絶たれている」、より換言していうと、了解不能である、ということになる。

了解不能という言葉を聞いたことがあるだろうか。

まず、了解できるというのは「ある精神的なものが、別の精神的なものから生じていることを自分でよくわかる」ということだ。
失恋を経験して抑うつになることは了解できるし、暴力を受ければ痛みや怒り、悲しみが込み上げるのはよくわかる。
一見腑に落ちないことがあったとしても、自身の価値観を排除してよくよく話を聞いて情報収集をすれば、「なるほどこの場合ならこうなるだろうな」という理解に到達するならば、これも無論、了解可能である。 しかしながら、どんなに話を聞いても、背景事情を知ったところでもさっぱりわからない、「ある精神的なものが、別の精神的なものから生じているなぁ」と腑に落ちない場合がある。
具体的には「私の考えが外に漏れている」とか「他の人の考えが私の頭の中に吹き込まれている」というものがある。ピンときた人もいるかもしれないが、これはどんなに推論を尽くしたとしても了解できない。これを了解不能という。
自身と他者で明確に分かたれているはずのものが、漏洩ないし侵入しているという現象は万人にとってわかりようがない。
この例はいわゆるシュナイダーの一級症状のことである。 このようなことが起きているのであれば、これはおよそ病気なのだろうと先人は考えたのである。
とはいっても身体のどこかに病理があるのだろうが、それが特定できない。いまだ皆目わからないからやはり「疾患」ではなく「疾患的」というしかない。

したがって、うつ病を発症する、ということは生活発展の意味連続性を欠いた状況であること、了解不能であることが前提であった。 ところがどっこい、皆さんもご存知の通り、実臨床はこれに限らず、うつ病は「疾患的でない」ものも混在している。どういうことだろうか。

以下に参考例を示そう。答えを導く必要は決してないので安心してほしい。

(1)
29歳の女性。頭痛を主訴に来院した。
現病歴:1か月前から毎日午後3時ころになると頭が重くなり、肩から首にかけて固まってしまうような違和感を覚えるようになった。症状は次第に強くなり、3週前からは常に頭全体の鈍い痛みを自覚し始めた。市販の鎮痛薬を内服したが症状は改善せず、頭痛のために仕事の効率が悪くなり、何度か「集中力が足りない」と会社の上司に注意を受けた。上司の勧めで脳神経外科を受診し、頸部単純X線撮影と頭部MRIとを受けたが異常を認めなかった。2週前からは痛みとともに全身のだるさも出現し、家事も含めたすべてのことがおっくうになっている。また、症状のために夜なかなか眠りにつくことができず、一方、朝は時間どおりに起きることができなくなっている。この1週間のうち何度か歩行中に段差につまずくことがあった。頭を打った記憶はない。軽い吐き気があるが嘔吐はない。便通は1日1回で変化はない。
既往歴:特記すべきことはない。
生活歴:喫煙歴と飲酒歴とはない。夫と2人暮らし。仕事は事務職だが、半年前に部署が変わり、それまでの単純作業から判断の責任を問われる業務となり、恒常的に残業をするようになった。最終月経は10日前から6日前までで、妊娠の可能性はないという。
家族歴:特記すべきことはない。
現症:意識は清明。身長158cm、体重46kg。体温37.1℃。脈拍76/分、整。血圧96/48mmHg。呼吸数12/分。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。視力に異常を認めない。対光反射は正常である。顔面に浮腫を認めない。前額部および頬部に圧痛や叩打痛を認めない。う歯を認めない。甲状腺腫と頸部リンパ節とを触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。神経学的所見に異常を認めない。

診断に最も有用な質問はどれか。

  1. 「異常な光が見えることはありますか」

  2. 「気持ちが落ち込むことはありますか」

  3. 「髪の毛が異常に抜けることはありますか」

  4. 「字を書くのが困難と感じることはありますか」

  5. 「皮膚に赤いぶつぶつが出ることはありますか」

これは110回の医師国家試験問題からの引用で、答えは2である。
うつ病を疑うことが求められているのだが、上司からの注意や業務の配置転換、残業の常態化といった要素が散りばめられている。

別の例を示す。 (2)
37歳の男性A、会社員。Aは、大学卒業後、製造業に就職し、約10年従事したエンジニア部門から1年前に管理部門に異動となった。元来、完璧主義で、慣れない仕事への戸惑いを抱えながら仕事を始めた。しかし、8か月前から次第に仕事がたまるようになり、倦怠感が強まり、欠勤も増えた。その後、6か月前に抑うつ気分と気力の低下を主訴に精神科を受診し、うつ病と診断された。そして、抗うつ薬による薬物療法の開始と同時に休職となった。しかし、主治医による外来治療を6か月間受けたが、抑うつ症状が遷延している。院内の公認心理師に、主治医からAの心理的支援が依頼された。
この時のAへの対応として、最も優先されるべきものを1つ選べ。

  1. 散歩を勧める。
  2. HAM-Dを行う。
  3. うつ病の心理教育を行う。
  4. 認知行動療法の導入を提案する。
  5. 発症要因と症状持続要因の評価を行う。

これは第3回公認心理師試験からの引用で、答えは5である。この事例も背景に異動と業務に対するストレスが確認できる。

もう一つ示そう。 (3)
30代の男性A、技術職。担当していた製品のトラブル対応などによる負荷が重なり、うつ病の診断により半年前から休職している。3か月前から抑うつ症状は改善し、睡眠リズムや日中の活動も安定している。2か月前から、通院先医療機関が運営するリワークセンターに通い始め、その後の経過も順調である。今回、主治医による職場復帰可能の診断書が提出された。Aも職場復帰の意向を示しており、最近は業務に関する書籍を読むなど準備に取り組んでいる。
改訂心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(令和2年、厚生労働省)に基づいて、この段階で事業者が行う対応として、正しいものを2つ選べ。

  1. Aの職場復帰プランを作成する。
  2. 事業場職場復帰支援プログラムを策定する。
  3. 社内規則に基づいた休業の最長期間をAに説明する。
  4. 傷病手当金の制度や申請方法について、Aに説明する。
  5. 必要な情報を収集し、Aの職場復帰の可否を判断する。

これは第8回の公認心理師試験からの引用で、答えは1と5である。業務関連のストレスによりうつ病になったとも読み取れる文章である。

最後にもう一つ例を出しておく。

(4)
68 歳の女性。異常な言動を心配した夫に伴われて来院した。2か月前から自宅で横になっていることが多くなった。夫によると金銭問題はないにもかかわらず、「所得税が払えない。去年のお盆に先祖供養を十分しなかったからだ」と繰り返し訴えるという。食事量が減り、体重が1か月で5kg 減少した。入浴を嫌がり、夜は眠らず、ぶつぶつ何か言っている。50 歳ごろから高血圧症で内服治療中である。質問には小声で短く答えるが、うつむきがちで返答に時間がかかる。改訂長谷川式簡易知能評価スケールは 26 点(30 点満点)であった。治療の必要性を説明すると「お金がなくて薬代を払えない」と拒否した。 身長 150 cm、体重 50 kg。神経学的所見に異常を認めない。甲状腺機能を含めた血液検査所見に異常を認めない。 最も考えられるのはどれか。

  1. 気分障害
  2. 適応障害
  3. 症状性精神病
  4. 脳血管性認知症
  5. 恐怖症性不安障害

これは1が正解である。 以上を見てどう感じただろうか。 上から3つの問題は、必ずしも仕事や異動の負荷が原因であるとはいえないにせよ、なんらかの「体験」が抑うつを招いたであろう、了解性が認められる。仕事のストレスが重なり、精神的不調をきたしたという筋書きは、十分理解できる文脈である。
いずれもストレス性の「体験反応」が生じたという了解的関連が看取される。すなわち心因性(psychogenic)である。抑うつ神経症という言い方もされたことがあったが、今はほぼ用いられないか、あえてそう表記している場合に限りだろう。しかし、いずれも「うつ病」と診断されたか、疑われている内容である。背景情報=生活発展の意味連続性があるのに、うつ病として良いのだろうか。 従来の考え方では、これは「内因性」ではない、という表現になる。 では、これは何なのだろうかというと、精神障害をきたしてはいるが、説明した通り、これは「疾患的ではない」ということになる。体験反応により精神障害が生じているという言い方になる。

不思議な気持ちがするかもしれないが、精神障害は常に疾患とは限らない。 これは「精神障害があるのであなたの社会適応が悪く、うつ病になったのですよ」という解釈ではなく、
「あなたの社会適応があまりよろしくない(生活に支障をきたしている)ので、これを精神障害としてあつかいますよ」といった感じである。 なかなか難しい内容で、専門職でも混乱するところであろう。

(4)は理由らしい情報がなく、2ヶ月前から精神変調が生じたと読み取れる文章であり、これは内因性を示唆する作問である。年齢や症状からは退行期メランコリーを想起させる症例でもある。 最後の例示は私が恣意的に体験反応性の症例ばかりを引いているわけではないことの証明に過ぎない。

うつ病は理由なく生じることが前提であったが、DSM-III以後、「理由の有無を問わず」基準を満たせば診断可能となっている。 この状況は様々な場面で混乱が生じており、うつ病の粗製濫造ともいうべき状態にもなっているように思う。なぜ理由の有無を問わないことになったのだろうか。 次回はこの経緯と現在の問題を考えてみたい。

<続く>