ファントム空間論
かつてスイス特許局の一技師(であったアインシュタイン)が物理学の矛盾から出発して物理的宇宙の枠組みを発見したように、東大分院神経科の一助教授(であった安永)が若干の臨床的事実から出発して精神の精神の宇宙の本質的な枠組みを発見していたということも大いにありうる。この国はいつも「手暗がり」「灯台もと暗し」なのだ。 ひとは安永を難解という。果たしてそうか。むしろ、それは馴染みの世界から連れ去られて、成人の反省的意識には自明な少数の前提の上に圧倒的な不可避性を以って迫る。この魔法陣から再び出られないという幼児的な恐怖でないだろうか。安永の示したものは仏教的(あるいはラカン的)マヤ(幻)かもしれず、脳の演出かもしれないが、成人の意識にとって他に出発点はなかろう。そして彼はジャコメッティのように本質に迫る。 安永は今後何度も再発見されるだろう。この著作集はその再発見の過程のなくてはならない一里塚である。 中井久夫
金剛出版から出された「ファントム空間論」の裏表紙には中井久夫の推薦文が書かれている。全くの幻かもしれないが、と留保しつつも彼の独創性に敬意を払い、暗示的な結びで書評を終えている。
安永は今後何度も再発見されるだろう。
と。アインシュタインと並列に扱っているのは興味深い。 彼の理論に惹かれた人がどれだけいるのか知る由もないが、少なくとも私は大いに感動した。「分裂病のはじまり」に匹敵するくらい衝撃を受けた作品であった。なぜ私がこれを知ることになったのかは全く覚えていない。 一度読めば確かに難解だと感じる。しかし、好奇心が難解さを上回った。この仮説はあまりにも面白すぎる!
私はかつて別のプラットフォームで彼の理論の理解を試みるブログを書いていた。そのデータは今や電子の海に消えてしまったので辿る術はもはやない。 しかし、安永は再発見されるべきだと私は密かに確信している。確信の根拠はないが、私の直感がそう告げている。
したがって、私はこのブログでもう一度安永浩の理論を考察してみたいと思う。 そこで道に迷わないように目標を掲げたい。
- かつての記事を超えた独創性をもたせること。
- 現代思想との接続や古典との関連を意識し、彼の理論に普遍性をもたせること。
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臨床から決して逸脱しないこと。患者さんらへの敬意を十分に払うこと。
というわけで今後ともよろしくお願いします。